日陰者の夕べ

静かに暮らしたい隠れバンギャル

繰り返す、自問自答

7期cali≠gariのラストライブが映像化されるそうです。

気持ちの遣り場がありません。

 

何故このタイミング?とは思ったけれどカメラが入っていた事は知っていたし、嬉しい気持ちもありました。

製作期間だったり大人の事情だったり色々あるだろうし、得意の特殊装丁で出す事も数種出す事も俄かに予想は出来ました。

でも、売り方は駄目だ。

あまりにも、センスも配慮も感じられない、ただの阿漕な商売だ。

 

複数売りをドラマで揶揄しつつも狂信盤や良心盤と名付けて幾度となく自らも複数売りに乗っかってきたのは、彼等の遊び心も感じられて嫌いではありませんでした。

が、今回は使って欲しくなかった。

それでも狂信盤と良心盤はまだ良い。

傷心盤の文字に目を疑いました。

7期終了で悲しみや怒り、喪失感を嫌と言う程味わって、未だに払拭する事が出来ずにいるというのに、傷心という簡単な言葉で、それも言葉遊びのつもりで表して欲しくなかった。

 

明確な説明を避けたまま行動で示すべきと活動してきたと言うけれど、「cai≠gariを続ける為に抜けて貰った」という一言を、7期を好きで通っていたガリストが忘れる事はないと思うし、忘れたくても忘れられない言葉だと思う。

知る由も無いけれど、誠にもきっと原因はあったんだろうとは思います。

ただ、誠の目に触れる・耳に入るであろう可能性が充分にある、それも誠には反論出来る余地の無いツールで一方的に誠だけを悪者に仕立て上げるような発表をしておきながらそれを無かった事にしようとしているのは、解せないし納得なんて出来る訳が無い。

活動だって、ツアーを回って音源を出して、7期でやっていた事と明確に変わった事は何も無い。

明らかなのは、持ち味が薄れに薄れた音だけ。

 

ちょっとだけセンチメンタルなんて言葉で済ませて欲しくない、何度だって言うけれど悲しみや怒り、喪失感を嫌と言う程味わった。

2年経っても蹴りを付けられない気持ちを引き摺りながら、7期の思い出に縋る想いを肯定する事でどうにかその気持ちの角だけは取れてきたと思っていたのに。

 

僕の声が届かない。

つじつまを合わせるばかり。

振り返れば、影

ラムフェスが終わりました。

昨日はろくに眠れませんでした。

 

冷静なレポなんて書けそうにありません。

長丁場、総合的には楽しかったと思います。

ただ、何故私が今のcali≠gariを素直に追う事が出来ないのかを思い知らされたような気持ちでした。

 

勿論、最大の理由は7期終了の一連の出来事。

次に、今のcali≠gariの音に対して違和感が拭い切れないから。

本八幡の時は極力考えないようにしていました。

六本木は音の良さかPAの手腕か、いずれかのお陰か自然と考えずにいられました。

でも、今回は駄目でした。

誤解を恐れずに言えば、中西氏の演奏をどうしても好きになれないし、既存の曲もまるで別物のように聴こえてしまうのです。

決して下手とは思わない、寧ろ技術はあると思う。

でも、cali≠gariの音に心地良く合致しているとはとてもじゃないけれど感じられません。

きっとラウドやグランジ寄りのバンドであれば調和が取れるんだろうな、とも。

 

軽快さと重厚さが上手い具合に同居しているのが、cali≠gariの大きな魅力の1つでした。

それが、今ではドラムの音で前者が大幅に掻き消されてしまった。

重厚さだけが全面に出てしまい浮遊感も郷愁も薄れ、下手をすれば歌が始まるまで曲が分からない。

だから演奏に浸る事も、イントロを聴いて気分が上がる事も困難になってしまった。

8期以降の曲だって、メロを立たせきれていない為にのめり込めない物が多い。

昨日最もcali≠gariで耳心地が良かったのが、淫靡まるでカオスなでした。

打ち込みが主役とも言える曲なのに。

 

更に言えば、誠をあんな形で脱退させてまで臨んだ編成や曲作りで元来の持ち味をこんなにも薄味にしてしまって、それで良いんだろうかと何度も思いました。

嫌味でも何でもなく、今まで以上に前衛的で斬新な曲を作るようになるんだろうな、と思っていたのに。

ハイカラもやせゆく社会もゼリーも大好きな曲なのに、知らない曲みたい。

マグロで空元気なお祭り気分に浸れる事も、きっともう出来ない。

言うまでもなく中西氏には何の罪も無いし、色々な意味でやり難いであろうバンドで叩いてくれる事には寧ろ感謝しなければならない位だと思っています。

でも、気持ちが追い付けない。

 

ラムフェス前の記事でcali≠gariは普通に観ていられると思う的な事を書きましたが、駄目でした。

文句をダラダラ言いながら聴かないで下さい、と突き付けられたような気持ちでした。

7期始動とほぼ同時にガリストになった私にこの言葉が今では妙に刺さるって、なんて皮肉なんだろう。

上がり時が来たのか、少し考えなければいけないな。

 

以上、全て個人の感想です。

MERRY主催のフェスを観て真っ先に文字にせずにはいられなかったのがこんな掃き溜めのような記事だと思うと自分が嫌になるけれど、cali≠gariはそれだけ自分にとって未だに訴求力も影響力も絶大なバンドなんだな、と思いました。

 

それでも総合的には楽しかったと思えたのは、MERRYがいてくれたから。

これは後日。

知らないうちに、間延びした時間

ラムフェスまであと一週間も無いなんて信じられない。

SMから一ヶ月が経とうとしているというのも信じられない。

 

cali≠gariは7期終了以来何度か観ているし、平常心でとは言えないけれど、打ちひしがれる物がありながらも観ていられると思う。

問題はその後MERRYを観てどんな気持ちになるか、もっと言えばセッションを観て平常心でいられるのだろうか。

青さんとガラの対談を読む限り、セッションやりそうな気しかしない。

絶対に「何でここに誠がいないんだろう?」と思ってしまうんだろうな。

それはどう足掻いても避けられないので、今からそう思ってしまう自分に対する心の準備はしようとしています。

 

私はcali≠gariの中で特別誠が飛び抜けて好きという訳ではありませんでした。

石井加入がガリストになったきっかけだったので、石井ギャなのだとずっと思っていましたが、今思えばそうでもありませんでした。

事実、GOATBEDも音源は幾つか手元にあるけれど、ライブも数回行ってもう良いや、と思ったし。

何だかんだであの4人のcali≠gariが好きだったんだな、と。

だから仮に別の形で、それも綺麗に7期が終わっていたとしても、いずれにせよ私の求めるcali≠gariでなくなる事は揺るぎなかったのかも知れません。

ただ、今cali≠gariでドラムを叩いているのが散々噂に上っていたぶっちだったとしたら、俄かに想像は出来ないし、当初は実現したら嫌だと思った物ですが、多分また違った気持ちになれていたような気がします。

…うん、これ以上は取り敢えず良いや。

 

直前になって色々言うのはナンセンスだし往生際が悪いけれど、この気持ちは理屈じゃないんだ。

ただ、行くと決めたのは自分だし、行くからには楽しむしか無いとは思っています。

各ステージ、盛り上がると良いな。

月が肥大して、影が動きだす

音楽活動って大変だと思います。

何年も継続して活動するとなれば、尚更。

曲作りや練習も然る事ながら、人目に触れた活動をする以上は聴き手の求める物にある程度応えなければならないし、それが必ずしも自分が吉とする物と合致するとも限らない。

バンドであれば、良くも悪くも固定された少人数でありながら集団行動でもあるし、活動にしても音楽性にしても、これが正解と言える答えが出し難いからこそ、意見の食い違いやぶつかり合いは、結成当初にどんなに同じ志や価値観を持っていた同士であったとしても、絶対に避けられない。

 

以前チラッと書いたように、一時期調子こいてバンドをやっていた事があります。

と言っても箸にも棒にもかからない、全く大した事の無いアマチュアで、私個人は取り敢えずやってみようよ的なサークルに近いノリでした。

プロになろうとかそんな烏滸がましい事なんて考えず、漠然とやっていました。

 

楽しい瞬間も沢山あったけれど、しんどかったです。

安易な考えで臨んだからこそしんどかったんだろうな、と思う部分もありますが、何より人間関係と曲作りがしんどかった。

 

普段は穏やかなのに何故音楽の事になるとこんなに信頼関係破綻待ったなしな事が出来るのか、人にも自分にも厳しいのは良いとしてもそれ言ったら・やったら終わりじゃね?的な言動をする人、音楽には真剣です!と言いつつもスタジオではキャッキャウフフ、意見交換の場を設けても最終的には何故か自分の恋愛トークに持って行く人、イベントの共演者やスタッフを口説く人等、色々な人がいました。

私も今思えば大概、自分の考えを人に押し付けがちな所あったし。

でも、当時は渾身の出来と言える物や案は何としてでも押し通したかった。

 

曲が出来たは良い物の、アレンジに自分達のイメージが追い付けなかったり、ここまで固まったのにこの先がどうしてもピンと来る物が出て来ない、といった理由でお蔵入りした曲は幾つもありました。

神フレーズや神メロが降りて来たと思いきや、ある程度作り込んでいくうちに「これ、あの人のあの曲に似てね?」と無自覚にパクッていた事に気付いたりした日には発狂物でした。

横の繋がりで交流が生まれた人達の作る曲にも「これ、あの人のあの曲に似t」とどうしても過ってしまう物があったりして、でもそんな事言えない、言える訳ない、当たり障りの無い感想でお茶を濁しとこうと思う自分も嫌いでした。

流通してる曲でも「これ、あの人のあの曲n」と思う物ってそう珍しくないけれど、きっと無自覚にパクッてしまっての産物も少なくないと思う。

 

身を粉にする程の志も大した才能も無い平凡な人間がもう疲れた、やーめた、となる、ありふれたお話です。

量産型であろうと曲を作り続けていられるプロデューサー業の人も、あれだけ破天荒でも鬼才過ぎて周囲を認めさせるYOSHIKIも何だかんだで凄い人達であるのは、こんな根性無しが言うまでもない事だと思います。

 

それでも一丁前に言うけれど、目標や志があって音楽をやっている人達には、頑張って欲しいな、と思います。

 

取り敢えずスタジオ代何度も踏み倒したあいつは今でも許さん。

霞んだ視界の中、手を伸ばす

少し前にあんな記事を書いたばかりなのに、自分では一見バンギャルに見えないバンギャルだと思っていたのに。

「満月さんてV系とか好きでしょ?昨日YouTube漁っててX JAPANのライブ映像観たんだけど、満月さんの事が頭に過ぎったよ」

と職場の人に言われました。

 

バ レ て る

 

「ンフええーそう見えます?」

と、鼻笑いと共にお茶を濁しました。

 

X格好良いけれどそんなに詳しくないし、運命共同体の要素はありません。

敢えて言うならその世代なら黒夢の方が好き。

 

ピアスは耳に穴は開いている物のほとんど付けないし、癖毛なので縮毛矯正はしているけれど自然な仕上がりのメニューにして貰っているし、黒髪なのに。

バンギャルバンギャルと気付かれるならまだしも、普通のおじさんにバンギャルと気付かれるのは不覚。

 

明日から更に地味な格好しようと思います。

消えそうな足跡をもう1度踏みしめた

第6実験室は今更私が言うまでもない程、当時のV系の中では秀逸なアルバムだったように思います。

1曲目からたった4行の歌詞、1分半にも満たない長さであれだけ良くも悪くも印象に残る-187-、その他も8割方、あらゆる存在を揶揄するかのような歌詞を乗せた曲。

時にドラマ。

曲調は全体を通してキャッチーで、「アングラです、サブカルです」という自己主張は前ボーカル在籍時に比べるとかなり薄れた物の、確かに継承はしていた。

ふざけているかのようで、よくよく聴くと格好良かった。

-187-のアウトロの壮大さとか、タイトルだけ見るとびっくりするようなママパパの深みとか。

ギャラクシーなんか、ギターのリフは超絶単調だし曲の展開も特筆するべき物は無ければ歌詞だって聴き手を舐めきっているように捉えられるのに、上手く言えないけれどツボで、今でも個人的にはcali≠gariの好きな曲の中でもかなり上位に入ります。

 

今更私が言うまでもないと言いつつ、第6実験室の事になるとつい少し熱くなってしまう。

とにかく、当時は衝撃的なアルバムでした。

噂によると石井は今ではこのアルバムを黒歴史視しているそうで、ガリストになったきっかけで思い入れのある身としては少し悲しいけれど。

 

ふざけている風の曲が大半の中、ラスト2曲に収録された青さんの曲も際立っていた。

特にママパパ、タイトルでエログロナンセンスな曲を予想していたのに、可哀想な少年の手記のような、人生論のような、歌詞と言うより文章と言った方が適切のように思える物でした。

で、秋の夕方に聴くと無条件で鬱な気分になりそうな気怠い、でも途中所々で明るさが垣間見れる曲調。

 

この人達の事をもっと知らなければ、と思いました。

 

今更な事が多過ぎますが、私がガリストになったきっかけです。

 

思慮の森を歩いて

cali≠gariの事を、改めてここ数日考えていました。

考えさせてくれるきっかけが、幾つもありました。

ガラと青さんの対談だったり、愛読しているブログの書き手さんだったり。

で、思ったのは、私は結局cali≠gariの事を完全に嫌いになれずに、未練タラタラのまま節目のライブには通い、楽しさと違和感と悲しみを同時に味わってしまうんだろうな、と。

以前の記事で触れた、思春期が終わる頃に出会えた本命と言えるバンドは、cali≠gariです。

当時の衝撃は今でも忘れません。

奇形メルヘン音楽隊を名乗っていた時代は、数あるバンドの中でも個性があったし、それなりに人気もあった事は知っていました。

でも、前のボーカル秀児の声も相俟って、「アングラです!サブカルです!」と自己主張するような曲や演出が所々受け付けない部分があって、しっくり来ずに2、3回借りた物を聴いてからはもう良いや、でも頑張ってねという気持ちでCDを返しました。

石井秀仁の加入後、奇形メルヘン音楽隊というコンセプトが消滅してから、cali≠gariにどっぷり浸かるきっかけとなるアルバムがリリースされました。

第6実験室。

これが私の、ガリストへの第一歩でした。